GW最終日ですね、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
私は、高齢住宅にいる祖母に会いにいきました。
杖をもって嬉しそうに駆け寄ってくる姿が可愛らしい祖母。
子供達も少しお話ができて、よかったです。
帰り際に、窓から手を振って見送ってくれました。
最後に涙をぬぐう姿、毎回胸がきゅんとします。
どれくらいまでお話が出来るか分かりませんが
一緒に居れるときを大切にしたいですね。
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祖母と母
91歳の祖母。
当然ながら記憶が曖昧だったり、
おとぎ話のようなことを言ってみたり、
あるような、ないような話をごちゃ混ぜにしたり(笑)
さまざまなストーリーを組み合わせて話してきます(笑)
私の母は、それに対して
毎回「それは違うよ」とか「事実はこうだよ」とか
祖母に言っていますが、
どうやらそう言ってる本人の方がストレスが溜まっているようです(笑)
適当に話を合わせて、お互いが心地よく居れた方が
「幸せ」なことも多くありますよね。
でも、その「適当」を私の母が出来ないのは
「母(祖母)にはこう在ってほしい」という願望や理想があるから。
そこって、もう祖母の課題ではなくて
私の母の課題であったりするんです。
幸せとは感じるもの
すぐ忘れるから、危ないから、と言う理由で
祖母には何も持たせられていません。
ちょっとお裁縫したい、
ちょっとお買い物したい、
そう思っても何も無いので出来ません。
さらに、事実と違うという理由で
楽しい話も途中で遮られてしまっては、
生活になんの面白みもないでしょう。
写真が大好きな祖母、
私が子供たちの写真をアルバムに入れて持っていくと
その後、施設の人に見せびらかしているそうです(笑)
祖母は「私はみんなに大事にされて幸せよ」とよく言います。
制限や置かれた環境の中で、どう幸せを感じていくのか…、
それは祖母だけでなく
私たち一人ひとりにとっても重要なテーマです。
答えはない
幸せになる方法、それは答えのないものだと思います。
一般的な対処法はあったとしても
幸せとは感じるものですから、それぞれに違うはずです。
ただ、やっぱり今をどう生きるかが常にあって
幸せを感じるチカラとか、感度が高いと
どんな状況でも今を味わえるのだろうと思います。
これまで家族の為に生きてきた祖母、
もっと自由に、そして自分の為に生きてほしいな。
でもね、その祖母をみて、どう生きるか、
それは私の課題なんです。
今日も伴走していますよ💛
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