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【人生好転】孤独の先にある愛の領域

セミも鳴き出しました、完全に夏です。奥さん。

暑いです…

とはいえ!!室内干しからも解放されて!!

嬉しい!!ザ・夏オンナ!!(笑)

ということで!(どいうこと)

今日は愛の動画ですよ~~~♡

私からの溢れる愛を受け止めて~~♡

観るほどに、あなたの人生が光で満たされる!!!!




孤独と真理

「愛されたい」「認められたい」そういった想いは人間誰しもが持っているものです。

特に、小さい頃の家庭環境、社会・教育によって

愛されないと、認められないと価値がない、と思い込まされました。

どれだけ大きなことを成し遂げようと、

孤独で寂しくて、誰かに抱きしめてほしい…という渇望は

なかなか拭えないものです。

みなさんは、「我思うが故に、我あり」という有名な言葉を知っていますか?

哲学の巨人・デカルトが残した言葉です。

ここで小難しい話をしようとしているわけではありません。

世界で知られるデカルトは、

実は皆さんと同じ「おばあちゃん子」でした。

哲学にのめり込んだ彼が、ある日悪夢を見ます。

悪夢の中で、教会に逃げ込むのですが、

夢から醒めた彼は悟ります。

どれだけ頭で「絶対の真理」を考えようとしても、

人間は孤独な存在。

夢の中で怯えた彼が、無意識に求めた「教会」は、

「愛してくれた存在=おばあちゃんの温もり」。

彼はこの夢をきっかけに、

「冷徹な理屈だけで世界は割り切れない。

自分を動かしているのは、

もっと深い無条件の愛への切望なのだ」と直感したのです。




我思うがゆえに、我あり

この言葉には、デカルト哲学という難解な思考の裏にある

人間的な本音が映し出されています。

「世界中のすべてを疑っても、いまここに寂しがったり、考えたりしている【この自分】の存在だけは絶対に嘘じゃない」

この究極の孤独に達したとき、

彼は同時に「だからこそ、不完全な自分を丸ごと包み込んでくれる、無条件の愛が必要なのだ」という結論へ向かいます。

理詰めで世界の真理を追求すればするほど、

最終的には「結局、自分はただ生きていてよくて、無条件に愛され、守られたかっただけなんだ」という、

「絶対的な安心感」の氣づきにたどり着きます。

デカルトの哲学は、冷たい理性のようでいて

実はその奥底に

「愛されたい、安心したい」という

人間のピュアな願いが強く流れているのです。

冷徹な理性の限界の先で出会ったのは、

「寂しがっている、そのままの未完成な自分」でした。

そして、その孤独を受け入れたからこそ、

「だからこそ、自分を丸ごと包み込んでくれる絶対的な安心感=無条件の愛が、この世界には必要なんだ」

と氣づくことができたのです。




素直に感じたことが真実

デカルト哲学は、理詰めで小難しいと言われますが

とてもシンプルなものです。

【あなたが素直に感じたことこそが一番確かな真実の入り口である】

「絶対に揺るがない、本当の安心=無条件の愛」を本気で探求した結果、

それは自分という宇宙に最初から「すでに存在していた」と氣づくための旅だったのかもしれません。

400年も前の哲学者の言葉が現代に刺さるのは、

みんな無条件の愛へ還ろうとしているからかもしれません。

無条件の愛は、みんなの中にあります♡

思い出して、温めていけばいいのです♡

今日も伴走していますよ♡

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