先日、お迎えしたアマガエルちゃん達の環境を整えました♡
カエルちゃんのサイズに対して広々した新居で、
縦横無尽に動けてとても楽しそう!
苔や葉っぱの上でゆったりしている姿は本当に癒されます♡

そして、3連休もおわりですね。
毎回そうですが、あっという間。(でも夏休みは始まったばかり)
明日からは、お弁当&「おなかすいた地獄」がはじまります。
無理せず、やっていくことが大事!!(笑)
ほどよく手抜きしていきましょう♡
さて、最近TOMOは「よく見る」ことを大切にしています。
子供もおとなも、生き物も、起こってくる現実も「よく見る」ことでいろいろな氣づきがあります。
「よく見る」とは、解像度を上げて分析するだけでなく
「よく見守る」「観察する」という感覚にも近いかもしれません。
それは、自分自身に向ける「まなざし」にも言えることで、
「今は、どう感じているかな」「なんでそう思ったのかな」と、
めんどくさい!けど(笑)、
そうやって「よく見る」ことで、【本当に氣づいたほしかった本音】のところが分かってきます。
例えば、誰かのちょっとした言葉にモヤッとしたとき。
「今、すごくモヤモヤして、心がざわついているな」と、
今の状態をそのまま見つめます。
「なんで私はこの言葉に引っかかったんだろう?」と、
心の中をのぞき込んでみると、
怒っていたのではなく、
「実は自分の頑張りを認めてほしかったんだな」とか、
「ないがしろにされた氣がして悲しかったんだな」という、
奥底にある【本当に氣づいてほしかった本音】が見えてきます。
子供達に対しても、「なんで言うことを聞かないの?」の代わりに、
「どんな気持ちでこの行動をしたのかな…?」とよく見守ることで
彼らなりの純粋な理由や表現だったことに気づき、
愛おしさが湧いてきたりします。

ただ、解像度が高くなる分、相手に対しての思い込みが出てきてしまうことも多々あります。
その時は、「自分の思い込みに氣づけた」チャンスとして、
相手へのジャッジを「自分の氣づき」に変換すると、
「見守る」ということの本質的な愛に触れることができます。
外の世界や目の前の人を「よく見る」ことは、巡り巡って、
自分自身の深層を「よく見る」ことへと繋がっています。
相手の中に見た愛おしさは、私の中にある愛。
相手に対して抱いたジャッジは、私自身を自由にするためのヒント。
循環の中で、また自分という愛を知っていく…。
これが宇宙のサイクルですね。
今日も伴走しています♡
🌟たましいと最高の人生を生きるなら「秘密部屋」!!↓↓
✨真・光の居場所✨秘密部屋について💎(音声版)


