私は母と、読んだ本や観た映画の話をよくします。
以前、珍しい病氣を抱えた子供が人生を歩んでいくストーリーの映画を母におすすめしました。
あとで感想を聞くと、「あの子可哀そうだったね」と言っていました。
確かに、「可哀そう」という見方もできます。
ですが、私は同じ映画を観て「生きる力をもらった」と感じました。
一時、そういった「見方の違い」にモヤモヤしていましたが、
でもこれは、どちらが間違っているとか、正しいとかそういうことではなく、
目の前のストーリーに対して、それぞれに見方・視点があるのが当たり前だな…と。
同じ景色を見ていても、ある人は「寂しさ」を感じ、
別の人は「静けさの心地よさ」を感じる。
どちらも間違いではなく、ただその人が歩んできた人生や、
その日の心の状態というレンズを通して見ているだけなんですよね。
「なんで一緒じゃないの??」と勝手に悲しくなるのは
実はもったいなくて、
地球では「そういう見方もあるのね」と、
自分のレンズ光のグラデーションを増やすチャンスでもあります。
誰かの感想にモヤッとしたり、「えっ、そこ?」と違和感を抱いたりした時は、
自分と相手の「レンズの違い」に氣づくサイン。
「相手はそういう角度から光を当てたんだな」
「私はこの部分に心が動いたんだな」 そうやって捉え直すと、
モヤモヤしていた気持ちがスーッと解けていくのを感じます。

今では、「母はどう見るのか?」を楽しみにしながら、
おススメした本や映画の感想を聞いています。
「同じ感想」を持つときは盛り上がり、
「違う感想」ならその見解を知り、また私の世界も広がる。
良い・悪い、正しい・間違いという2元だけでは、
この地球の色彩も宇宙のグラデーションも分かりません。
ジャッジを超えて、「面白がる」ことで、
もっともっとこの世界が楽しくなります。
少しずつ少しずつ、そうやってモヤモヤさえ面白がれば、
現実をさらに光をもって見ることができますよ♡
お互いの世界を面白がりながら、自分の世界を愛していきましょう♡
今日も伴走しています!
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