昨日、久しぶりにとても印象深い夢を見ました。
私はなぜかある人達の列にいて、
何かを待っています。
その列から1人ずつ選別され
どこかに連れて行かれるようです。
もうすぐ、私の順番が来る…
そう思ったとき、
突然頭上に建ちそびえていた
大きな建物から火が出ました。
頭上で火はどんどんと燃え盛り、
それを見た人々は我先にと逃げだしました。
ハッと氣づくと、
さっきまで一緒にいた娘がいない!!
ドクドク鳴り出した心臓…
「娘はどこ????!」と、
半ばパニック状態でいましたが
きっと家に向かって走り去ったのだとなぜか理解できて、
私もその場所から家に走り出します。
途中、なぜか?ケーキ屋さんに
潜り込んで裏口から近道しようとしたら
置いてあったケーキセットをぶっ壊してしまい、
必死に「全部弁償しますから!」と叫びながら(笑)
(夢ってほんと面白い)
とにかく今は娘が先!!と、
娘がいる場所まで必死に走るのですが…
そこは、さすが夢で。。。
目の前に家があるのに
なかなか家に着かない(泣)
途中、呑氣な野次馬がいたりして
「クソどもどけ~~~!!」とキレながら
どんどん迫る火に追いかけられながら
なぜかローソンの前で(爆)
娘と抱き合うハッピーエンドを迎えました。(笑)
割と長い時間この夢を見ていたようで、
起きてしばらくしても
まだ頭は火事の風景が残っています。
なぜか「大丈夫」
夢の中で、恐怖におののきながら
必死に娘を探しながら
なぜか「大丈夫」だと思っていました。
それは、夢だからとかではなく
体が力みすぎて筋肉痛になるくらいに必死の形相であったとしても
「大丈夫」だと感じていたんです。
デジャブ体験
この感覚、どこかで覚えているなとふと思い返した体験があります。
①息子がまだ2歳の頃、テーブルで口を強打してくちびるを深く切ってしまい血が止まらなかったとき(結果、接合手術)
もうひとつ、
②同じ頃に私が駐車場の車からちょっと荷物を取ろうとしたら
息子が家の鍵を閉めてしまい、
大パニックになって泣きじゃくったとき(結果カギ屋さんが到着前に、息子が自分でカギを開けた)
どちらも、その時は
本当にパニック状態だったんだけど
なぜか「大丈夫」だと感じて
周りの人が心配するくらい落ち着いていたんです。
もちろん、アタフタしたし
「どうしよう」ってこちらは半べそだったんですが
どこかで「大丈夫」だと思えていたことで
結果、大丈夫になった。
鍵の時なんて、息子死ぬほど泣いてたのに、開けるときはすんなり。
(この数時間はなんだったのー)
不思議と同じように
今回の夢の時も、
なぜか「大丈夫だ」と思っていたんですよね。
説明できない安心感
強迫性不安症だった私は一体どこへ行ったのだろうか?(笑)
本当にそれくらい、安心しています。
もちろん、日々いろんなことがあるけれど
どんなことがあっても
受け入れ、愛していく、
そして、楽しむ覚悟を持って
生きていく。
その生き方を選んでから、
全ての体験が私にしかできない貴重なものであり
思い通りに行っても行かなくても
どちらでもいい、
どちらであっても私の貴重な体験であると
自分を信じることで
「ホラーのようなこの世界」を
ユーモアたっぷりに見ることが出来るようになりました。
何が起きても大丈夫
あなたに「大丈夫」を強制することはできません。
それは、あなたが選ぶことだから。
大丈夫かどうか、は選ぶことができて
その体験を楽しむことすらできると
まだ信じられない氣持ちもよ~く分かります。(笑)
だからこそ、
「そんなこともあるんだね~」と
ふわっとでいいから私の体験を
知っていて欲しい。
いつか、あなたも「なぜか大丈夫」と思えたとき
また、その体験はあなたを不安から救ってくれる。
あなたが「なぜか大丈夫」を選べるように
私がこれからも「なぜか大丈夫」を選べるように
共に「大丈夫」を抱きしめて行きましょう。