私のスピリチュアルフィーバー期から
スピリチュアル大嫌い期の中で体験したことは、
スピリチュアルって結局は
捉え方だよね?
と感じたことでした。
これって、スピリチュアルじゃんって
思ってたことって
回り回って
これって、物理学じゃんとか
これって、哲学じゃんとか
これって、心理学じゃんとか
これって、禅の教えじゃんとか
時には統計学
時には量子論
時には数学….
と言った感じで。
わざわざスピリチュアルに当てはめなくても
”ヒント”は日常の中に沢山あって
それに氣づかせてくれたのは
私の場合スピリチュアルだったってわけで。
氣づきはスピリチュアルだったとしても
スピリチュアルとか枠を設けずに
世の中を見たらどうなるの?
逆にスピリチュアルっていう枠に囚われてると視点は狭くなるんじゃない?
(だって、スピリチュアル用語使って会話できる人ってほとんどいない訳で。)
でも、スピリチュアルにはその「特別感」が好きな人が結構いてさ。
私は、その変な「特別感」が嫌で、ね。
(やっぱ変態だよね。)
なんてことを、ずっと考えていたんですよね![]()
それで、
スピリチュアルをひとつの”氣づき”として
スピリチュアルに囚われずに世の中を視ると【導き】ってマジで無限大だなと思ったんですよ![]()
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そう、
勝手に導かれるんだよね~
ほんとに不思議なのよ。
私のYouTubeチャンネル開設だって、
スピリチュアル関係とは全然カンケーない
ヘアスタイリストさんからだったしね。
そうやって、「枠」を決めずに
文字通りオープンにやってくことって
マジで大切なんだなぁと思います!
さぁ、開いて開いて!!(;//́Д/̀/)’`ァ’`ァ
(;//́Д/̀/)’`ァ’`ァ
おっぴろげ~(;//́Д/̀/)’`ァ’`ァ
(;//́Д/̀/)’`ァ’`ァ
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