スピリチュアルな氣づきって、何も特別なことじゃなくて本当に毎日の中にあるなと心底思っています。
そして、スピリチュアルのいいところというのはその日々の中の「小さなことに氣づくチカラ」に氣づけるということかなと思います。

スピリチュアルな自分とは
何か特別な自分
誰かに認められた自分
ではありません。
その特別な自分をスピリチュアルと結びつけてしまうと、「特別であり続けなければいけない」状態になります。
それは、ナチュラルではありませんよね。
それは、おっぴろげでもありません。(笑)
それは、エンタメです。(笑)
スピリチュアルの語源は「呼吸」
呼吸に氣づく、ということです。
それは、
ある意味特別なことではなく、
現代では、ある意味特別なのかもしれませんね。
そして、その呼吸に氣づいた時からスピリチュアルが自分のストーリー(日常)となります。

この世界の光音は、そんな小さなストーリーが奏でていたりします。
2017年から私のストーリーを記してきたこのブログですが、当然【誰にも読まれないとき】というのもありました。
それでも、ここまで書き続けてこれたのは私が苦しかったとき、辛かったときに支えてくれたのが、このブログであり、また違うストーリーを奏でる他のブログたちでした。
もう、私以外のそのブログたちは閉鎖されたり更新されていなかったりで
世代交代??的な状態になってしまっていますが、今でも私の中の支えとなっています。
真夜中に眠れず星を見て「還りたい」と泣いてばかりいた私は、スマホの光の中にあるその文字たちにどれだけ救われてきたか。
これでいいんだ、となぜか背中を押された氣持ちになれる
私が私に戻れる
たったひとりのストーリーかも知れないけれど、そのエネルギーはこのブログを訪れた人たちに伝わり
それはやがて世界のストーリーとして浸透していく。
「ブログは衰退していく」という人もいますが、SNSとは違う一方通行の発信であっても、選んだ言葉たち、その時のエネルギーが古い書物のように受け継がれていくのがブログであると感じています。
今だに古い書物が読まれているのは、そのストーリーが面白いからですよね。

(ブログの方が書物のように残り続けると思っています)
このブログがあなたにとって「自分に戻れる場所」であってくれたらいいな、と
これからもしなやかに続けて行こうと思います。

本当にいつもありがとう。


